三人の子供の母として宣教的人生を生きる方法

私は自ら主を本当に愛していると思っていた。幼い時から主の働きに使われたくて、青年になった時に宣教師への献身を決断した。

神様は私をいつ、どこへ送るのかと期待しながら待っていた。そんな中専門宣教を夢見る人に出会って結婚して主が私たちを召してくださることを待った。しかし私が夢見ていた宣教師としての人生は開かなかった。むしろ子供を産んでから終わらない育児の時間が待っていた。

主に近づきたかった。しかし子供たちがそれを邪魔しているような気がした。忙しくて大変な一日一日が続いた。そのころ主は’福音と家庭’という訓練に私を導いてくださった。その時間は乾いた日常に恵みが注がれる天雨のようだった。

しかしそのような喜びも間もなく、幼い二人の娘と共に一週間に一回の集まりが負担になり始めた。主が呼んでくださった場であったので離れることはできなくて、ただその場を守る状況になった。主はこんな私をあきらめないで私の中で働いてくださった。

子供のせいだと苦しんでいたが…

仲間たちと共に福音を分かち合って祈りながら、存在的罪人である自分に直面するようになった。いままで主によらなかったのは、子供たちと状況によることではなかった。子供たちを口実にして、主に従いたくなかった自分が問題だと気づいた。私はいままで主を愛していなかった。主を愛する自分を誇っていたのだ。

福音のブドウがブドウ酒になるための時間を過ごしているようなとき、主からみ言葉をいただいた。’ご自身を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである〈ヘブリ人への手紙11:6)、私があなたの報いである〈創世記15:1〉’主はこのように主自身を私に与えてくださると約束してくださった。そして以前のように自信満々に主を愛していると告白できない私を再び迎えてくださった。

今まで私は宣教師を一つの職業として思っていた。しかし宣教は存在的なものだった。主婦として福音をもって生きることは、地の果てにいる宣教師の人生と違わなかった。しかし何でも私は主を愛していると思っていた。私の考えでは自ら間違えていたのだ。

主を誤解して、私の心は主に向けての反逆で満たされていた。福音によって自分の実態が現れた。しかし自分の姿がひどければひどいほど主が私に与えてくださった福音の濃度がそれくらい濃いと悟った。主に出会って変わった存在は、すべての状況でイエス様と同じ人生を生きるようになるのあった。神様だけに従順するのである。主は私にこのことを気づかせてくださった。福音に留まって安全でうれしかった。

6か月間の訓練が終わると、主は3人目の子供を授けてくださった。世界のための働きを望んでいた私に’送る宣教師’という名を与えてくださった。再び訓練が始まって、日常はもっと忙しくなった。6歳、4歳、5か月の三人の娘たちと共に集まりに向かう道は遠くて厳しいだが、その場で’福音つまり私、私つまり福音’になるまで真実に働かせてくださる主を期待する。

主が来られるその日まで、み言葉を聞く場と世界のために祈る場が私がいるべき場所になった。世界のどこへ行くことになっても、いま置かれたこの場でいつまでいられるか悩むべきではないと思う。呼ばれた場所でシメオンとアンナ、ナダナエルのように主を待ち続ける。この世代が終わる前に私も主に出会えることを切実に願う。[GNPNEWS]

チェ・ダヘ

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