CULTURE

勝負所はヤボク川沿いである。

約束の成就を妨げる障壁は、目の前に迫ってきている現実ではない、約束を成就しない神様の変心でもない。それは自分も知らないうちに積んできた自分の方からの障壁である。

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“この無限の恵みを知る者は恐れません”

信仰で生きるといった私の人生でいまも私を愛して、私のために生きる姿に絶望と嘆きを言っていた時だった。神様は私がどんなに酷い罪人であるかをもう一回気付くようにしてくださり、誤解していた神様の本姓を見せてくださった。‘そうだ、つまりこれだ’と歓声を上がった。

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‘福音とお祈り’の波、復興の兆候

著者は創世記26章17-18節を根拠にイサクがアビメレクから追い出されてグラルの谷に天幕をはったとき、彼の生存と関連した水の問題を解決するために、新しい水脈を探そうとしないで、一番確実な解決策だった‘そのお父さんアブラハムの時に掘った井戸をもう一回掘った‘強調した。

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痩せ細った私たちを美しい存在として思われる神

ロダンの‛考えるひと’は“人間は考えるアシである”という命題のように、人間の偉大さと限界を同時に見せてくれる代表人間像であった。そして、20世紀に入って、人類は2回の世界大戦を経験していて、ジャコメッティの作品は丁度その時期に出てきた代表像だった。

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私たちは皆キリストの従順に負い目のある者

アダムの不従順の本性を受け継いだ私たちは‘不従順の息子たち’として生まれた。神様はかならず成し遂げないといけなかった一つのことは、不従順ののろいを除けることであった。アダムの不従順によって私たちが罪人になったように、キリストの従順によって私たちは義人になった。

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主の痛快な逆転ドラマをみよう。

私たちのお祈りでムスリムたちを十字架の側に立たせる主の素晴らしい勝利が起こっていて感激である。‘貴方たちの涙で私が働いている。休まず祈って!’との主の応援の声が聞こえるような気がする。

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神様の主権と恵みの下にある家庭

ヤンバン・アイクの『アルノルピニ夫婦の結婚』 2週間外国へお祈りのアウトリーチのために発つ夫の荷物を準備する中、ふっと私の家庭が神様の恵みの下でどんなに感謝の人生を送ったのかに気付いた。

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お祈りが人生、そのものだった人の手

大きなしわ。目立つ血管。ゆび骨は太いが、痩せ細そうな長い指。これで考えてみると、手の主人ははっきりして楽な人生は送ってないでしょう。しかしその手はちゃんと会わせられて天に向けている。手は‘お祈り’をしていた。